不便さを「先取りする」先輩に学ぶ。 障害の裏側にある、未来も今も「あなた」が生きやすい社会
2024-07-31
『合理的配慮』を応用すると、誰もが円滑なコミュニケーションを実現できる
建設的な『対話』が、互いを理解し合う鍵
2024年4月、事業者による『合理的配慮』が義務化された。
そう聞いて、何やら大変なことをしなくてはならないと身構えてしまう人が多いかもしれないが、これは障害のある方と事業者の双方にとってメリットがある。
以前は障害のある方が適切な対応を受けられない裏側で、周囲はどんな対応をすればよいのか困惑していた。多様な特性に対する、適切な対応方法がわからないことが、障害者雇用を進める妨げとなっていたのだ。しかし、その後の義務化により、障害のある方には自分の特性の提示、事業者にはそれに応じた柔軟な対応が、それぞれ求められることとなった。
「障害のある方からの申し出を受け、建設的な『対話』を通して社会的障壁を取り除く方法を探していく」という『合理的配慮』の考えのもとでは、当事者の自己理解と、それを受け入れる事業者の体制づくりが必要ではあるが、適切な支援が生まれやすく、障害のある方と事業者が互いを理解し合うきっかけとなる。
『対話』を通して社会的障壁を取り除くことが障害の有無に関わらず、生きやすい社会をつくることから、『合理的配慮』は障害のない方同士のコミュニケーションにおいても有効であることを示したい。
※『合理的配慮』の説明(株式会社asokka・提供資料)
うつ病から学んだ、「頑張ればできるけど、頑張り続けることができるのか」という視点
「うつ病を乗り越えられたのは、引きこもったから」
真剣な表情で話すのは、テレワークで阪和興業株式会社に勤める景平公彦さん。2011年に過労によるうつ病をきっかけに退職し、その後3年間、自宅に引きこもる生活を送ったという。
この出来事を通して景平さんが語るのは、『合理的配慮』の提供を受けるための最初の一歩として、強みや弱みを含めたすべてをさらけ出す『対話』の必要性だ。
景平さんは大学の工学部を卒業し国家資格を取得したにも関わらず、世界的な金融危機の影響から当初は希望した職に就くことができなかった。うつ病を患ったのは、やっとの思いで掴んだ職場での出来事だった。
就職したアンテナの保守管理会社は、 早朝や深夜帯の勤務が多く、台風や非常時の対応が求められる緊急性の高い業務もあった。また、高速道路を使って2時間程度かかる地方エリアを、わずか3人ほどで担当し、心が休まる日はなかったという。
無理をしながら頑張り続けていることを周囲に言い出せず、景平さんの体調は次第に悪化した。病院でうつ病だと診断された時も落ち込む余裕はなく、「眠りたい」ということしか考えられなかったと話す。
投薬治療のおかげで、少しずつ眠れるようになった景平さん。しかし、次に襲ってきたのは将来への不安だった。自分の資格を生かして働ける、最適のように思えた職場に戻ることが、怖くてたまらない。そう感じた景平さんは、ようやく元の仕事に戻ることは「できない」と言えたのだった。
※景平 公彦(かげひら・きみひこ)さん
精神障害がある景平さんは、障害者雇用に積極的な阪和興業株式会社へ、2018年に入社した。
その後の引きこもり生活が、景平さんの社会復帰に向けた治療の一環となった。引きこもったことで、自分を俯瞰し、未来についてゆっくり考える時間を持てたからだ。
当時、同級生の結婚や出産など、周りの変化に景平さんはひどく焦ったという。しかし、いくら焦っても急に改善できないことから、メンタルを安定させることを心がけていたと話す。
「すべてをさらけ出したから、僕の場合はたぶん、適切な治療が行えたんだと思います」
ここでいう「すべて」とは、強みや弱みに分類されない、日々の自分の状態をさらけ出すということだ。例えば病院の診察では、「眠りたい」「できない」など医師に自分の体調を偽りなくさらけ出したことがそれにあたる。その結果、医師との『対話』が生まれ、最適な治療を受けられたという。
一連の経験から景平さんが感じているのは、「頑張ればできるけど、頑張り続けることができるのか」という視点を持つ大切さだ。それを知らずにやり続けることは、自分の想像以上に心に負荷がかかることを、景平さんは身を持って感じた。
今や誰でもうつ病を発症してしまう時代。この視点は、当事者と事業者がともに大切にすべきである。
統計結果からはわからない、自分で選ぶ最適解
現在、労務管理の仕事を担当する景平さんだが、この仕事と出会うまでにはいくつもの困難があった。うつ病の治療を始めて3年が経った頃、景平さんはようやく社会復帰を目指すこととなった。障害者手帳を取得後に、就労継続支援B型事業所へ向かったのだが、そこで待っていたのは厳しい現実だった。
日給はわずか500円。これでは到底、生活が成り立たない。さらに、仕事内容は技術習得が見込めず、将来への希望が持てなかった。パソコン業務を望んでいた景平さんは、別事業所にも相談をしたが、予算の兼ね合いから、ここでもやりたい仕事には挑戦させてもらえなかった。
さらに、障害のある方を対象とした職業安定所の、適正テストを受けた際のこと。このテストでは、事務や清掃、飲食業など、決められた50種の職業への適性を判断できるのだが、景平さんは50種すべてに「適正なし」との評価がついた。
心が折れてしまいそうな出来事が続いても、景平さんは決して諦めなかった。そもそも、50種の中に適正のある職業がなかったのは、テストを受ける方の中で、景平さんの特性は圧倒的に少数派だったからである。統計結果には表示されない特性を持っていることを自覚していたため、51種類目の可能性に期待していたという。
そしてたどり着いたのは、統計結果には表れなかった、テレワークによる労務管理の仕事だった。当時、テレワーク就労に関する厚生労働省委託支援事業が行われていることを知った景平さんの知人が、参加を勧めてくれたことがきっかけとなり、入社につながったと話す。ここでも、景平さんが周囲に自分をさらけ出したことが良い環境づくりへとつながった。
今では労務管理を担当し、社内の誰よりも速く処理できる景平さんだが、はじめからこの業務が得意だと気づいていたわけではない。入社後すぐに担当したのは、入金の事務処理。社内の業務の中で、比較的処理がしやすいため、入社後、最初に担当することが多い業務だ。しかし、多くの人にとっては些細な事が、景平さんにとってはイレギュラーであり、非常に難しく感じたという。
恥を忍んで「自分にはできない」と素直にさらけ出し、周囲と『対話』したことで、景平さんは労務管理の業務と出会うことになった。労務管理は法律と照らし合わせ、膨大な資料を読み解きながら業務を進めるため、一見難易度が高いように思える。しかし、優れた記憶力を持ち、ショートカットキーを使ったり、Excelのプログラムを書いたりと、作業を効率化させることが得意な景平さんにとってはまさに天職だった。また、テレワークという働き方が景平さんに適していたことも、自分の強みを最大限に発揮することにつながったのだろう。
「『合理的配慮』=適材適所だと思うんですよね」
業務を通して、自分の天職と出会った景平さんは、職場での『合理的配慮』の考え方をこう述べた。
辛いことを言い出せずに、耐えながら働く人がいる。職業選択の自由があるにも関わらず、自分や周りがつくり出した枠の中だけで、自分の可能性を制限してしまうこともある。今いる場所が必ずしも最適でないことを踏まえ、広く周囲を見渡してみると、自己理解が深まり適材適所な場所にたどり着けるかもしれない。
あなたはスーパーマンじゃない。
勘違いだらけの自己PRから見えた、アピールとPRの違い
では景平さんのように、自己理解を深め『対話』するためにはどうしたらよいのか。
「まずは、自分の社会的障壁を明らかにして、自ら申し出る必要がある」
そう話すのは、テレワークに特化した就労移行支援事業所、株式会社asokkaの代表として活躍されている倉持利恵さん。過去には企業の人事総務の責任者として、多様な働き方を推進するプロジェクトを担当し、テレワークの推進や障害者雇用に注力した経歴を持つ。
※株式会社asokka
代表取締役 倉持 利恵(くらもち・りえ)さん
当事者が社会的障壁を明らかにするためには「等身大の自分を探して、自分の成分を明らかにすること」が必要だと話し、例として就職活動の自己PRを挙げた。
「みんな勘違いしてるんですよ、アピールとPRっていうのを。アピールっていうのは、商品でいうところの宣伝ですよ。麦茶でたとえるなら、めっちゃおいしいです、体にいいですっていうこと。PRっていうのは麦茶のラベル、つまり成分表なんですよ」
前職で新卒採用の仕事をしていた頃、アピールばかりの自己PRにうんざりしていたと倉持さんは話す。そして、等身大の自分を表現することの大切さを語った。
「等身大の自分は何かって言うと、あれもこれもできるスーパーマンじゃないはずなんです。これが得意、これが苦手。でも苦手なところはこんな工夫してます、とかね 」
現代の就職活動では、自分がいかに優秀であるかをアピールし、その場さえ取り繕えばよいと思っている人が多い。その結果、就職後もスーパーマンを演じることをやめられず、等身大の自分をさらけ出すことができない人もいるのではないだろうか。
そこで事業者からも、採用基準として「等身大の自分への理解度」が重要であることを広く伝える必要がある。それにより、安心して自分をさらけ出し『対話』できる環境が生まれる。
等身大の自分は、周りの仲間が知っている
だが、いきなり自分の弱みをさらけ出すのは難しい。「等身大の自分」というワードは聞き慣れた言葉になってきたものの、自身の特性を深く理解できていなければ、相手に伝える以前の問題である。
倉持さんの経営される就労移行支援事業所では、利用者は模擬業務を通して、自身の取り組みを毎日振り返っている。具体例は次の通り。
・自身の設定した目標の達成度
・成功した理由や、失敗した理由
・業務をする際に工夫したこと
・業務を通して見えた課題 など
「同じ出来事だとしても感じ方は人ぞれぞれで、そこに人柄が出る」と倉持さんはいう。
この振り返りに対して、職員からはフィードバックを返すようにしているそうだ。自分のことは案外気づかないことが多いため、他者からの意見は、自分の成分を知る上で非常に参考になる。
また、倉持さんは強みと弱みは表裏一体であると考え、自分の持っている「一つの成分」が強みとして作用することもあれば、弱みとして作用してしまうこともある、と話した。
これを会社でのチームメンバーの構成に置き換えてみたい。同じような強みを持つメンバーばかりが集められたチームは強みに偏りができ、それが大きな弱みになってしまう。そこで、チームの崩壊を防ぎ、チームとしてよい仕事をするために必要なのは「自分にないものを持つ人と一緒に仕事をすること」だと倉持さんは話す。
こういった、強みと弱みの両方を大切にする環境で、互いの特性を補い合う働き方は、当事者の自己理解を深めると同時に、チームや会社にとっても、さらに良い環境をつくり上げていくことにつながる。
自立とは、いかに「頼れるか」。
社会的弱者としての経験から学んだ、頼り頼られる関係性づくり
「自立している状態って、なんでも自分一人でできる状態じゃないと思うんですよ。うまくいろんな人たちを、いかに頼れるかっていうことだと思うんですよね。自分も頼るし、頼られるし、そういう関係性がいかにたくさんつくれるかだと思う」
なぜ、倉持さんはこのような考えに至ったのか。取材の中で、倉持さんはご自身が社会的弱者だと感じた頃のことを語っていた。
※自立の考え方について話す、倉持さん
「結婚して出産した時に、一人では何もできなくなったんですよ。それまでは、24時間自分で時間を使ってたんです。それがそうはいかなくなって、一人でこれだけの仕事ができると思ってきたのにできなくなった」
さらに子育ても周囲の手を借りなければ立ち行かず、保育園やママ友に頼っていたという。
「あんまり好きな言葉じゃないけど、社会的弱者ってこういうことかなと思ってます。それまで全然そういうところに目を向けたことがなかった。だから、できないことはできないって言わないと、仕事が前に進まないなって思ったんですよ」
当時の倉持さんはそれができず、仕事、家事、育児を限界まで頑張りすぎた結果、体調を崩してしまった。結局仕事も続けられず、家事や育児もできなくなったため、自分ができる範囲や自分の優先順位をその都度理解する必要性を痛感したのだという。
自分が頑張れる範囲は、状況によって変化することを忘れてはいけない。常に変化する自己理解を深めながら、自分の状況に合わせた『対話』を展開する必要がある。
不便さを「先取りする」先輩に学ぶ。
障害の裏側にある、未来も今も「あなた」が生きやすい社会
「障害のある方は、我々よりも先に社会の不便さを実感している先輩たちであると考えています」と倉持さんはいう。
いずれは誰もが年を取り、文字が読みづらくなったり、聞こえにくくなったり、社会の不便さを感じることになる。既にそれを感じている障害のある方は、まだ不便さに気づいていない私たちの先輩ということだ。先輩たちの感じる不便さを取り除くことで見えるのは、未来の自分が生きやすい社会だった。その社会は、まだ不便さを実感していない今の自分たちを含めた、すべての人にとって生きやすい社会でもある。
不便さを取り除く選択肢の例としては、テレワークや電子書籍の読み上げ機能などがある。テレワークなら、通勤圏内に希望の仕事がない方や、家庭の事情により通勤の難しい方が働けるようになる。また、電子書籍の読み上げ機能は、聴覚優位な方や、目が疲れた方、何かをしながら本を読みたい方などにとって非常に便利である。
今後さらに、テクノロジーが発達すると、不便さを取り除く選択肢は一層増えていく。テクノロジーによって不便さがなくなると、障害の有無に関わらず、働き方を含めた生き方の可能性が広がる。
※社会にある不便さ(社会的障壁)の例(株式会社asokka・提供資料)
『合理的配慮』が教えてくれたのは、「自分探し」の楽しさ
『合理的配慮』という言葉に出会った当初、筆者はこの言葉と距離を感じていた。どこか特別扱いするという印象があったのかもしれない。しかし、障害のある方は未来の自分なのだと知り、障害を身近に感じるようになった。そして、今の自分の生き方をよりよくするための手だてとして『合理的配慮』に希望を抱くまでになった。
この考えを広めることで、生きづらさを感じている方や、事業者として『合理的配慮』にどう取り組めばよいのか迷っている方にとっての手だてとなるだけでなく、自分にとって生きやすい環境をつくろうという原動力としてもらえることを願う。
あなたが『対話』をすれば、自己理解が深まる。
あなたが『対話』をすれば、隠れた想いがすくい上げられる。
『合理的配慮』を通して見えてきたのは、他者とのかかわりの中で楽しく「自分探し」をしている様子だった。こんな未来に、私は心を躍らせている。